相変わらずの強烈な暑さである。

自宅でひたすら読書。「ギリシア神話」呉茂一著 新潮文庫。文体は少し読みにくくはあるが大変な名著だと思う。ヴィジュアルコミュニケーションに関するこのような本があれば良いのにと思いながら感動しながら読んでいる。

前にも書いたが自慢の船で(実はボートではなくちゃんとした船であった)アドリア海クルーズに出かけていた大家のユリックさんとダリンカさんが夕方帰宅。

夜、ユーロ選手権、ロシア対スペインをTV観戦する。スペインは何となくだが、もし日本が強くなったらこんなチームになるのかなあと思わせるタイプのチームである。全体に小柄だが機敏に良く動き、でかい相手に運動量とテクニカルな戦術で対抗する。でも時として技に溺れがちでもある。(にわか評論家をお許し下さい)ロシアはあのヒディングが率いるチームで前半は健闘していた。僕はこの試合は何となく無骨なロシアを応援することにした。前半は互角であると思われた。ところがハーフタイムの後突然ロシアは乱れだしぼろぼろになって負けてしまった。サッカーとは本当に不思議なスポーツだと思った。結果いよいよ、ユーロ選手権も大詰めでスペインとドイツの一騎打ちとなった。


今読んでいるギリシア神話でもそうだが、これまで旅した中で見たここクロアチア、そしてトルコ、ローマの様々な遺跡の中、競技場つまりコロッセオと劇場というのはどれも印象深いものばかりであった。(当時の人々がいかにそのことを大事にしていたかという意味で)

それで今日スポーツといっているものの意味が、それまでよりも僕にとって別の大きな意味を持っていると感じられ出したのだ。

僕らは子供の頃、スポーツは「余暇」だと教えられてきた。あくまでも普通の日常生活の付け足しの様な扱いであった。同じように学校では美術も音楽もそのような扱いであった。(日本における民主的戦後教育の成果?立身出世とは無縁の?)

しかし本当は違う。美術もスポーツも演劇も余暇なんかじゃない。何を馬鹿な事を...。

と2000年以上前のギリシア人やローマ人が言っている様な気がするのだ。


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今日はクロアチアの祭日である。朝から強烈に暑く、強い日差し。午後、昨日買った切符の再確認の必要が生じ再び駅に行くはめに。町は閑散としている。おそらくこの日差しの中うろうろしている人のほとんどが旅行者だと思う。私たちもついでに四たび博物館へ向かう。しかし何とまたしてもお休み。よほどこの博物館とは縁がないのだろう。博物館の前で愕然としている旅行者を見かける。その後歩いて駅に向かう途中のバスセンターの側の教会に暑さを逃れようと入ると何とここも閉まっていた。ここでもがっくりしている旅人がいた。私たちの近所、トルサット教会は開いているよと教えたかったが大きなお世話かもしれないと思い黙っておく事にした。

クロアチアでは(おそらく他のヨーロッパとアメリカも)6月から小中学校(多分高校も)は夏休みということだ。大学は6月までやっているところもあるらしいが。ともかく夏休みが3ヶ月と長い。日本の子供たちが聞いたらさぞうらやましいと思うだろう。それで町のあちこちにバックパッカーの若人たちを見かける。

夜はユーロ選手権のドイツ対トルコをTV観戦する。

やはりどうしてもトルコを応援してしまう僕であった。ドイツは一時トルコを植民地化していたのでお互いの国民感情はどのようなものかと考えながら見てしまった。(もちろん単純なものではないと思われる)

(にわかサッカー評論家になって恐縮だが)試合内容は実際僕にはトルコの方が好ましく感じた。結構良い試合だと思ったが残念ながら最終的にはドイツのつまらない省エネサッカーが勝った。

ともあれサッカーはどっちかに肩入れするというか応援して見た方が楽しいのだと思った。いつのまにかユーロ選手権の興奮に私たちも知らずのうちに巻き込まれているのかもしれない。このトルコに負けた(後で知ったのだが)クロアチアでは今でもTVのゴールデンタイムであの時こうしてれば的な番組を放送しているのだ。あきらめが悪いというかよっぽどくやしかっただろうなと思う。


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ダリンカさんとユリックさんは旅行で不在なので庭の水やりをする。


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午前中、次の旅のルートなどを調べる。

家の外に出る気が起こらない程、日差し強烈。日本でいえば高気圧の張り出した8月の初めあたりの感じです。そう山下達郎的です。

午後から一人で(妻は自宅で読書)例のごとくコンチネンタルに行きだらだら汗を流しながら23日までのブログの更新を行った後、7月1日のリュブリャナ行きの電車のチケットを購入の為歩いて駅へ。そもそもリュブリャナ行きの電車が動いているかどうかが不明だったのだが、7月1日朝5時20分のリエカ出発が決まる。(駅員はとても親切な女性だった)そのまま即日リュブリャナ空港からアテネへ向かうことになる。

夜、ドイツ、チェコなどの日程を検討。


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バルコニーの日よけの出し方を教えてもらった。


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カフェコント

旅の整理の続き。食料や日常雑貨の買い出しなど。


ソボルさん、マイーダさんが訪ねてきてくれる。私たちのこれからの旅程などを伝える。今後の計画は7月からギリシアに18日、オーストリア、チェコ、ドイツに14日ほどの長旅が控えている。これらの大雑把な計画は出発前に決めておいたものだが、ギリシア以外はルートをまだ決めておらずこれから計画を立てねばならない。リエカに到着してもローマの余韻にゆったり浸る時間がなく、少し慌ただしい。


ローマに関しての簡単な覚え書き。

このブログを読み返すとその場その場で無責任というか勝手でぞんざいな印象を書いていて我ながら恥ずかしいが、まあそれはライブということで保存しておこうと思う。ローマについてはもっと時間が経たないと書けないし、再度、訪れるつもりなのでおいおい書く事になるだろう。


ジェラートはさすがにどこでもおいしかった。いつも食べるのに忙しく写真など思いつきもしないので画像記録はないが。

その他食事のことなど。

ヴィラ・ジュリアで三島由紀夫邸を思い出したこと。

二人のミケランジェロ、ブオナローティとメリージのこと。ミケランジェロその人と通称カラヴァッジョの二人である。

松に代表される植生とそのコントロールの仕方について。相当な強い意志を感じた。これに関しては恐らくちゃんとした文献があるのだろうと思うが...。


朝から掃除や洗濯、旅の荷物の整理など。

サッカーでは一昨日にクロアチアは負けたらしく町は静かである。しかも今日は日曜日で祭日(ファシズム抵抗の日)らしい。午後、コンチネンタルでブログの更新を行う。ローマの旅の最終分である。今回の旅行ではホテルでのインターネット環境は完璧で、スピードも日本と同じくらい(この旅で初めて)で快適であった。しかしここコンチネンタルでは相変わらず交信に時間がかかり、全ての更新が終えるのに3〜4時間もかかってしまう。自宅にネットが敷かれるのは8月からである。今少し不便なネット生活に耐えねばならない。

そういえば前日の出発時、電光掲示板に従ってホームで電車を待っていたら直前になってプラットホームの変更アナウンスが流れ、あわてて移動することになった。イタリア語のアナウンスは全く理解できないので周りの乗客の動きに従ったということだが。

ともかくも夜行電車で無事トリエステに戻る。朝の8時頃到着。やはり少ししか眠れず。ただバスと異なり体を伸ばせるので疲労度は全く異なるし、もう少しで自分の家に帰れるという安心感もあってそうつらくはなかった。トリエステから8時半リエカ行きのバスもあったが遅らせて12時半までトリエステで過ごす。

帰りのバスではパスポートコントロール(イタリアースロベニア間)で入国拒否をされた南アフリカの女性がいて、結構もめていた。土曜日ということもあり、お役所はどこも休みなので彼女(白人)は国境沿いからタクシーで入国地点のトリエステまで戻る事になった。(ようだ)言葉がわからないので詳しい事は不明だがシェンゲンがどうのこうのというのは聞こえた。そのせいでバスは少し遅れたが無事リエカまで帰還。

「ローマは暑い、暑い」と書いてきたがクロアチアはもっと暑くて驚いた。ただここはイタリアよりも幾分湿気が少なく感じる。しかも家は丘の上なので夜になると風が出て温度が急激に下がり、寝苦しいことは全くない。


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トリエステ。駅は町の中心から少し離れている。


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港に向かって広がる大きな広場

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この日は今回のローマ滞在最終日だ。夜の1050分のトリエステ行きの夜行に乗る。

朝レビッビアから地下鉄で出発駅のティブルティーナ駅まで行き荷物を預ける。バスでヴェネツィア広場まで向かい(いつものことながら旅の終わりになって地下鉄やバスの要領が分かってくるものだ)、カンピドーリオ広場の坂を上ってカピトリーニ美術館へ。ここは世界最古の美術館といわれているところ。約540年前の創設だ。ここはヴァティカンを別にしてこれまで見た中で彫刻、絵画とも最も充実しているように思う。昼食をはさんで45時間いただろうか。カピトリーノの丘にあるので、美術館最上階にあるカフェからのローマの街並、フォロ・ロマーノの眺めも絶景である。


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カンピドーリオ広場の坂


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以下、カピトリーニ美術館


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まるでジョセフ・コーネルのような...。


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その後クリプタ・バルビへ。ここは今では地下にあるローマ時代の年の遺構がしっかり保存されており丁寧にみせてくれる博物館である。学芸員の解説付き(ただしイタリア語)。


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その後強い日差しを避けながら(さすがに前日のアッピアウオーキングが効いていて結構疲労してます)、ジェズ教会へ。天井画、バッチャによる。サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会、パンテオン再訪。


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カエサルが暗殺された場所アレア・サクラ(聖域)トッレ・アルジェンティナ広場。


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サンタゴスティーノ教会にてカラヴァッジョの「巡礼の聖母」をみる。

最後の見納めは「ルドヴィシの玉座」をもう一度見ようということになり、アルテンプス宮(ローマ国立博物館)へ。ここの照明は自然光が主なので夕暮れの弱い光で見にくくもあったが、なかなか風情があってよかった。この時間帯(7時頃)には見学者は他にはいない。

ローマにしばしの別れを告げる。

今日は炎天下の中、覚悟の上でアウトドアである。アッピア旧街道をひたすら歩こうと思っていた。しかし実際歩いてみるとアッピア旧街道で昔の風情でゆっくり歩ける場所は限られている事が判明。(狭い上に車が猛スピードで走り歩道はなく両サイドは石壁が続く。茶店等全くない部分がかなりなのだ)途中から慣れないローカル・バスを乗り継ぎながらの旅となった。(よくある行き当たりばったりのパターン)


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まずは前回入れなかったカラカラ浴場。

カラカラ浴場は思っていた以上に壮大である。ローマにいるとどうしても宗教的(カトリック的)荘厳さがこれでもかというほどにあって少しうんざりさせられるが、(というのも禅宗のせいか、我々日本人は宗教上の物質的荘厳さに対してどこか疑いを持ってしまうところがあるように思う)それとは別の純粋な構築物的荘厳さとでいうものがここにはある。宗教の醸し出すそれとは性質の異なる強さがある。

「テルメ小川もお風呂の王様もあんな規模じゃ歴史には残れないねえ」とここに来た日本人ならば皆しみじみ考えるのじゃないかしら(そんなことないか)。例えば今の東京都庁舎の廃墟を2000年後に見せられて昔の日本人は風呂の為にこれだけのものを作ったんですと言われればだれだって驚くと思う。そんな凄みがカラカラ浴場にはありました。変な比喩ですいません。


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アッピア旧街道へ


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サン・セバスティアーノ門手前、ドゥルーゾの門


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サン・セバスティアーノ門


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クインティーリ荘博物館。


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クインティーリ荘

ここはカラカラ浴場から20キロ近く離れているので観光客はほとんどいない。広大な敷地である。ローマのそばとはにわかに信じがたい。とても良いところ。かなり記憶に残る場所。


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チェッチリア・メテッラの墓。ここもアッピア街道沿い。


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アッピア街道を沿って歩く。


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セント・セバスティアーノのカタコンベ(入る気が起きなかったのでパス)


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近くにサレジオ教会があることを地図で発見。ここは観光地でも何でもない。ここ20年来、縁あって東京のサレジオ会(小平市)の教会や児童福祉施設、小中学校のデザインに関するお手伝いをさせていただいた経緯もあったので、ここローマ郊外にその本拠があると知ってしまったからには(?)行かねばならないだろうと思い、往復6キロの杉木立とオリーブの美しい道を歩いて訪ねる事に。

http://www.salesio.or.jp/

http://www.salesio.ac.jp/

いわゆるローマの町中の教会とは全然異なるのでどこが入り口かわからない。周辺をうろついていると普段着だったが神父様とおぼしき方から声をかけられた。かいつまんで訪問の理由をしゃべったがもとよりこっちの勝手な思い入れで来たのだから理解されたかどうかあやしい。しかし彼はニコッと笑うと礼拝堂が見たいかと聞いてきた。「イエス」と答えるとこっちだよと礼拝堂に入れてくれた。疲れた一日だったのでほっとした時間を過ごす事ができた。しかも私たちの為に英語の話せる若い修道士がわざわざ来てくれて何かしてほしいことはないかと聞いてくれた。心から来れてよかったと挨拶をして辞した。


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ドン・ボスコの肖像


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ドン・ボスコとドミニコ・サヴィオ


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ドミニコ・サヴィオの像


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2000年以上前の敷石


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ボルゲーゼ美術館に入館する為にはあらかじめ予約が必要で、月曜日に電話で予約をしておいた。朝宿を出て地下鉄B線、A線と乗り継いでボルゲーゼ公園方面に向かう。

途中サンタ・マリア・デル・ポポロ教会へ。


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カラヴァッジョの礼拝堂。「聖パオロの改宗」と「聖ピエトロの逆さ磔」その他チボの礼拝堂、ピントリッキオのフレスコ画など。ここはかなり充実度が高い。


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ポポロ広場、ラムセス二世のオベリスク。


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ポポロ広場、双子教会(サンタ・マリア・イン・モンテサント教会とサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会)。


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サンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会内部。


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ボルゲーゼ公園、ナポレオン広場からポポロ広場を見下ろす。


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小金井公園に似ています。


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ボルゲーゼ美術館

ここは名品ぞろい(カノーヴァ、ベルニーニ、カラヴァッジョ、クラナッハ、ラッファエロ、ティツィアーノ、ボッティチェリ、リューベンス他)であることは間違いない。僕の主な目的はやはりここでもカラヴァッジョで「馬丁の聖母」「果物籠と青年」「ゴリアテの頭を持つダヴィデ」「バッカスに扮する自画像」「聖ヨハネ」「聖ヒエロニスム」であった。

個人的な好みで申し訳ないがラッファエロ(前にも書いたが)と同様ベルニーニが苦手です。ロレンツォ・ロットの「聖なる対話」が素晴らしかった。

木本さんからは「美術館情報をしっかり書け」という指示をもらっていますが、言い訳するようで何だがここでは別にまともな美術案内をするつもりはないので皆さんそのつもりで読んで下さい。私の好みなんてコロッと変わってしまいますから。とはいえここの美術館は先にも書いたように予約を要求する上予約料と入場料で軽く2000円以上をとり、2時間たつと入れ替え制で追い出されるのだ。落ち着かない事この上ない。


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当然館内は撮影禁止なのでカラヴァッジョ、クラナッハなど(以下は参考イメージです)


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ロット


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次はヴィラ・ジュリア・エトルスコ博物館。ローマ美術に影響を与えたギリシアとならぶ源泉(しかもローマによって徹底的に破壊されたため残存品が少ない)エトルリア美術に興味を持っていたので期待が大きかった。しかしここは展示、解説ともわかりにくくかなり失望した。ただこの博物館内にある館ヴィラ・ジュリアの遺構は素晴らしかった。


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ヴィラ・ジュリア


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再びボルゲーゼ公園を通り国立近代美術館へ。

ここは19世紀から20世紀にかけての主立った近現代絵画がイタリアを中心にしながら全ての作家あります的な展示だった。内容に関してはかなりムラがあるように思う。全体の印象はあまり強くない。ただデュシャンをまとめて56点見れたのは収穫だった。

 

今日はシンプルな1日である。ヴァティカン博物館にとりあえず1日をさいた。噂に聞いていた入館行列というのはほとんどなくスムーズに入れた。エジプト美術、古代彫刻、エトルスク、ギリシア彫刻といった今興味のあるところに時間をとられすぎ、タペストリー、地図のギャラリーは駆け足で、ラッファエロの間、現代宗教美術も適当に流し、システィーナ礼拝堂でタイムリミットとなった。図書館の回廊、彩色写本や絵画館などはまたの機会となった。前半のエジプト、エトルスク、ギリシア彫刻は文句なく素晴らしい。受験生の時デッサンした石膏のオリジナルを見るのは不思議な感覚である。これは10歳代で見ておくべきだよなと思った。今更ですが。
システィーナ礼拝堂では写真を禁じられているのでイメージはここにはないが、古代のものは別として、ミケランジェロの天井画は突出していた。色も美しいし画面構成も実験的というか本人が楽しくてしょうがない感じが伝わってくる。(伝記や映画等では眉間にしわを寄せて苦しんだことになっているけど画面からはそんな感じはしなかった。とても瑞々しい。私は画面から受けた印象の方を信じる)それに比べれば24年後に描かれた最後の審判の方は驚く程暗い。別人のようだ。しかも観念的な感じすらする。(勝手な感想ですが)この部屋には2時間程いたか。
ラファエロは昔から何故そんなに良いと言われるのか理解できなかったが今回オリジナルを見ても残念ながらその感想は変わらない。
今回、長年見たいと思っていたカラヴァッジョの「キリスト降架」を見損なった。どうしよう?

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エジプト美術館

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スカラベ(ケース)

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スカラベ(中)

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ラムセスの母、トーヤの肖像。

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以下古代彫刻 ピオ・クレメンティーノ美術館、キアラモンティ美術館、新回廊、大燭台のギャラリー。

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アウグストゥス

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ラオコーン オリジナル。もともとロドス島にあったものだ。

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アポロ

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トルソ

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以下エトルスク美術館

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ラファエロの間

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